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Something Special ~おいしいのその先に~

岩瀬大二「酒で旅するスペイン」
日本ワインの「今」から感じるワインの楽しみ方

日本ワインの「今」から感じるワインの楽しみ方
岩瀬大二

岩瀬大二

酒旅ライター、ワインナビゲーター、MC。専門誌、WEBマガジンをはじめ酒と旅をテーマとした執筆多数。ワイン学校「アカデミー・デュ・ヴァン」講師。日本最大級のスペインフェス「フィエスタ・デ・エスパーニャ」2020年実行委員長。

  • daiji iwase+W

テロワール。それはワイン用語ではぶどうを特徴づけるその地の環境、気候、土壌を表すもの。私はそれに限らず、その地の文化、人、食までの広義と位置付けています。グランジャポンを通じてスペインワインを好んで飲まれている方にはこの意味を大いに感じていただけているのではないかと思います。地域による多様性が魅力であるスペイン。カタルーニャに、ガリシアに、内陸部に、それぞれにそれぞれのワインがあって、それは本来のテロワールを反映しているものでもあるし、そこを掘り下げる学術的なアプローチが必要ないほど、その地の食、文化、人柄、風景を直接感じられるものでもあります。

ここ15年、日本のワインの素晴らしさ、特に広義のテロワールを実感できるものとしての存在価値の高さに驚き、魅力的な存在として伝えています。私にとって魅力的なワインはこの広義のテロワールを感じるものですが、日本人の私にとって、日本ワインとこの広義のテロワールは実にしっくりくるものです。もちろんそれだけのクオリティと志が近年の日本ワインにはあり、また、ワインそのもののクオリティだけではなく、その裏側の物語にも魅せられています。

改めてそれを実感したのが、12月18日、19日に開催された「日本ワイン祭り」(日本ワイナリー協会主催・池袋サンシャインシティ展示ホール)。

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「日本ワイン」って美味しいの?高くないの? 「日本ワイン」って他のワインと何が、どう違うの? そんな疑問にお答えしつつ、まだ「日本ワイン」を飲んだ事が無いような方から「日本ワイン」大好き! という方まで幅広く楽しんでいただけるイベントとして開催します。是非この機会に、日本全国各地から集まった「日本ワイン」を楽しんで下さい。
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というのが主催者のメッセージ。会場では6つのワイナリーの実演販売、各地のワイナリーと結んでのリモートによるPR、北海道から宮崎まで65のワイナリーの展示販売が行われ、その魅力を伝えていました。

印象的だったのは実演販売に会場に来られていた宮城県は山形県境に近い山里でワインを造られているという「Fattoria AL FIORE」さん。もともと県内でイタリアンレストランを営んでいた目黒さんたちが2015年に立ち上げたワイナリーですが、ユニークなのは、「ワインを造りたいからワイナリーを立ち上げたのではなく、地域をよりよくするために選んだのがワインだった」ということ。地域の文化を残し継承する持続性のために、特産品があり、才能が集まる機会と場を創出する。そのために最も適したものがワインだったというのです。
目黒さんは、耕作放棄地になりそうな場所を生き生きとした農園にすること、廃校になった小学校の体育館を醸造施設にすること、そこに東京でも話題のスポットを設計した建築家によるテイスティングルームを作ること、地元の特産品の一つだった和紙をラベルに使い、クリエイターの手によってデザインすること、そのほかいずれもがワインだからこそできることだった、と言います。そのいずれもが地域の持続可能性につながり、そのためにワインを通じてこの地の良さ、特徴を活性化し、生かしていくことになる。このような志と地域の思いもまた、広義のテロワールなのです。


▲「Fattoria AL FIORE」の定番ワインはこちらの2種。温かみとしゃれたデザインのラベルが印象的。ナチュラルワインで、山形産のメルロー、マスカットベーリーAを使用。

ナチュラルワインである必然性も、そこから導き出されたものだし、自社での農園とともに、今ままでよいぶどうを栽培してきた農家のぶどうも使うこともそう。写真で見せてもらった廃校のセラーには、アンフォラなどかなりの投資をしたのではないかという設備、機器も並んでいますが、これも、テクニカルな発想ありきというのではなく「この地のためのワイン」という発想からなのでしょう。イタリア語でFattoriaは「農場」、AL FIOREは「一輪の花」を意味するとのこと。「みなさんを魅了する一輪の花が、やがてタネをこぼし、いつかお花畑のように、もっともっと多くの人々の幸せへと広がるようにという願いが込められています」というワイナリーからのメッセージから、今だけのワインビジネスではなく将来にわたってのヴィジョンが感じられます。 
スペインでいえば私がいろいろなところで紹介しているサッカーのスーパースター、イニエスタのワイナリー。ボバルという彼の生まれ育ったぶどうを高め、広げる、従業員や畑の人々は地元の人たち。自社の畑を増やしつつ、周辺の栽培農家も大切にする。雇用を含め地域の今と将来のためにできること。そこから生まれたワインから感じられる広義のテロワールが、より彼のワインを魅力的に感じさせてくれます。国内でも氷見や都農、高知をはじめ、私が取材したワイナリーでもこのような発想と志を持ったワイナリーがいくつも生まれています。近々、宮城にも訪問しなければ。


▲「Fattoria AL FIORE」の目黒浩敬さん。ワイナリー準備期間はレストランの営業と同時進行。かなり過酷な日々だったとのことですが、このパワーも志がもたらしたものなのでしょう。

いわゆる田舎と呼ばれる場所でのテロワールだけではなく、広義のテロワールはぶどうを栽培できない都会においても存在します。都市型ワイナリー、アーバンワイナリーともいわれる、以前当コラムで紹介したニューヨークのブルックリンワイナリーなど、ぶどうを買い付け、都心でクラフト的に造られるワイン。これは従来のテロワールという文脈では語れないものですが、人の思いを反映する、そして飲み手の文化に近いところにあるということもまたワインのキャラクターに現れてきます。東京にもいくつかのアーバンワイナリーが生まれましたが、今回出展されている「深川ワイナリー」もそのひとつ。最近では渋谷の宮下公園の再開発地、大阪・伊丹空港の中にもカフェ併設の醸造所をつくるなど多彩な展開をしています。


▲2016年、東京の下町・門前仲町で誕生した都市型ワイナリー。ポップアートのようなデザインが印象的。

こちらのワイナリーも、ワインというアイテムを、単にアイテムとして扱うのではなく、ワインづくりを通じて、また、造られたワインを通じてなにかを生み出す。深川ワイナリーの言葉によれば、それは「モノ」ではなく「コト」。ぶどうは「作る」、ワインは「造る」と漢字では表記しますが、Fattoria AL FIOREも深川ワイナリーも「作る」「造る」を通じて「創る」ことを目指しているのでしょう。
モノとコトが結びついた一例でいえば、下町のモノづくり文化の流れで行われたパラアートのコンテスト。この中から選ばれた3賞の作品をラベルにしたという取り組み。パラアートの世界と結びつくことで、モノからコトへと世界は広がっていきます。「深川の血をいれたい」という思いをこめて、門前仲町のくらしの中で一つのランドマークにもなっているスーパー・赤札堂の屋上にぶどうを植え、少量ですが少しずつブレンドに加えること。モノに込めた思いも、ぶどうを下町で創意工夫して育てるという体験を通じてコトへと広がっていきます。


▲アイデアも思いの先にあるもの。箱入りワインを本箱に見立て、レターパックでも送れるサイズにすることで、贈り物、その先の大切な人のテーブルを幸せにするというコトへとつながっていきます。

ワインは勉強するもの。いつから…というよりも日本の飲み手としてのワイン文化はそんな広がり方をしすぎてしまったのかもしれません。ワインそのものの知識はなくても楽しめる。その手掛かりとなるのが広義のテロワール。スペインワインでも、セビジャーナスを踊るときにあうワイン、思い出の旅行先のワインとその名物料理、そこから大いにたのしめるはず。今の日本ワインにはその手掛かりがあります。そしてなによりあなたの身近に。

2022年、そろそろ時期もきて、うずいた旅心を満たせるような旅に出るなら、日本のワイナリーを訪ねてみてください。ワインボトルの中身だけにこだわらない、ワインの楽しみ方を発見できることでしょう。そしてその体験を通じて、スペインをはじめ、世界のワインを大いに楽しんでください。

岩瀬大二

岩瀬大二

酒旅ライター、ワインナビゲーター、MC。専門誌、WEBマガジンをはじめ酒と旅をテーマとした執筆多数。ワイン学校「アカデミー・デュ・ヴァン」講師。日本最大級のスペインフェス「フィエスタ・デ・エスパーニャ」2020年実行委員長。

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