岩瀬大二「酒で旅するスペイン」
そのテーブルに、その穏やかな青空に。ロゼがある幸せ
酒旅ライター、ワインナビゲーター、MC。専門誌、WEBマガジンをはじめ酒と旅をテーマとした執筆多数。ワイン学校「アカデミー・デュ・ヴァン」講師。日本最大級のスペインフェス「フィエスタ・デ・エスパーニャ」2020年実行委員長。
今までいろいろな媒体、ワイン専門誌から一般のウェブマガジンまで、ロゼワインやロゼスパークリングワイン(ロゼ=スペインだとロサードですね)のことを書いてきました。今でこそ、普通に雑誌などで特集が組まれることも多くなり、ワイン好きの間では楽しみの一つとして広がっていますが、ふと、10年ほど前、笑顔で伝えるのではなく、ある種、使命を背負った戦い、といったちょっとした悲壮感の中で書いていたことを思い出すときがあります。
残念ながらこの魅力的なワインが、プロの間でも悲観的に、また冷たい目線をもって扱われていた時代がありました。それは古い時代の間違った「常識」にとらわれていた結果で、本来のロゼの素晴らしさ、楽しさがアップデートされていなかったことが原因なのですが、そんな中、なんとかロゼの本来の良さを伝えることができないか? インポーターさん、飲食店さん、愛好家さんたちと、顔を合わせれば、そんな話ばかりをしていたように思います。
スペイン、フランス、イタリア、そしてアメリカ、初夏のテラスにはロゼワインが並びます。青空と白い雲、爽やかで乾いた風の中で味わうロゼワインは、色も香りも味わいも、その光景の中で時に溶け込み、時にきらめきを放ち、可憐な表情だったり、逆にセレブリティな華やかさをもたらします。緑のガーデンも、白いパラソルも、グラスに注がれたロゼワインを通してみると、そこが絵画や物語になる不思議。ふと幸せな現実に戻るのは、その時に供される旬の食事をほおばった時。この時間に感謝したいという感情が沸き上がります。
私の思い出は、ニューヨークはロングアイランド。避暑地として名をはせるハンプトンのオープンエアレストラン。夏はピンクの季節(ロゼをピンクと呼ぶ)とばかり、青白のギンガムチェックのテーブルクロス、どの席にもロゼワインが並び、それがランチから夕暮れへと続いていく。グリルされたアトランティックサーモンと夏野菜、添えられた柑橘の香ばしさがロゼと香りごと絵画や単館ロードショー映画の場面になっているような錯覚。翌日、シティに戻ってホイットニー美術館のレストランの昼食。マダムたちがアートに話を咲かせる白いテーブルクロスの上でもロゼ。夕方、ブルックリンのブティックワイナリーのレストランに場所を移せば、そこで地元のクリエイターたちが、Tシャツ、タトゥーのイケメンソムリエの注ぐロゼを飲み、フムスやケールのサラダをつまむ。ロゼのあるシーンの素晴らしさに浸った夏の日でした。
これが日本でも…いや、いろいろ旅して、また海外のワインメイカーたちと話していて、日本はロゼとの結びつきにおいて運命の国なのではないかとさえ思うのです。まず季節の結びつき。初夏から夏にかけて、昼ならややドライで軽快なテイスト、少し海の塩っ気を感じられるロゼ。夏の夜は少しエキゾチックでトロピカルフルーツや南国のハーブを感じさせるロゼ。秋に入れば紅葉の色や丘の上の涼風と緑とともに。冬が深まればより深い色を持ったもので家族のパーティでしみじみとした喜び。
そしてなんといっても春、桜の季節。この季節らしいロゼを選ぶなら、色合いは可憐で、飲み口は優しく、繊細。でもどこか溌剌さと快活さ。余韻は儚いながらも綺麗な酸が細く長く続いてくれるものが気分。かわいらしい緑のほろ苦さが、少し切なさも感じさせるロゼもいい。松花堂弁当、春野菜の天ぷら、軽く柔らかい食感のパンで作ったサンドウィッチ、菜の花のキッシュや、スペインならトルティージャ、春野菜のシーザーサラダも楽しいし、梅をちらしたおにぎりに柴漬けといった組み合わせまで、妄想は膨らみます。
ロゼと食の結びつきを考えると思いは止まりません。スペインのガルナッチャを使った肉も大歓迎の濃い色ロゼ、季節のフルーツタルトとかわいらしく楽しむフランス・ロワールのやや甘ロゼ、中近東のロゼは意外とエレガントで香辛料を使ったフレンチと、日本の飾らないドライなロゼと桜餅、同じく日本のやや甘ロゼは意外とチキン南蛮、ドイツのドライなロゼと中華料理なんて組み合わせまで、ロゼがあれば素敵に欲深くなれるのです。
カラーも面白い。淡いものから濃いものまで、果肉を感じさせるものサーモンを感じさせるもの、パールやローズゴールドなど多彩な色合いがあるので、これをテーブルクロスや料理の色、その日のファッションとあわせるのも楽しいもの。と、書いていて、やはりロゼはいろいろな場面で選べる素晴らしい存在だと改めて思います。
ロゼは日本では長らく甘口だけというイメージがあり食事とあわせる汎用性が低く、また単なる安ワインという印象も強く、それが広がらなかった一因でもありました。でも、世界で主流のロゼワインは、実はドライで軽やかでフレンドリー。それでもちゃんと果実の良さや、のびやかな酸がある。造り手もちゃんとしたブドウで腕によりをかけ、素晴らしいロゼワインを生み出していますし、それでいて安ワインではなく、価格的にもワインの良さに比較して満足感が高いことが多い。これからますます日本の四季と日常とともに広がってほしい存在です。
今、グランジャポンでは、
あなたのロゼに出逢う旅 – FIND YOUR ROSE
という特集で、スペインの素敵なロゼ(ロサード)ワインを紹介しています。スペインはロゼワイン王国のひとつ。気軽なものから白テーブルクロスのレストランでもおっと言わせるものまで。世界中のロゼは実に幅広いものですが、スペインはそのショーケースと言っていいほどの多彩なロゼがあります。まずはここからロゼの幸せな世界の扉を開いてください。
酒旅ライター、ワインナビゲーター、MC。専門誌、WEBマガジンをはじめ酒と旅をテーマとした執筆多数。ワイン学校「アカデミー・デュ・ヴァン」講師。日本最大級のスペインフェス「フィエスタ・デ・エスパーニャ」2020年実行委員長。