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Something Special ~おいしいのその先に~

岩瀬大二「酒で旅するスペイン」
グラスで変わるのは味だけではありません

グラスで変わるのは味だけではありません
岩瀬大二

岩瀬大二

酒旅ライター、ワインナビゲーター、MC。専門誌、WEBマガジンをはじめ酒と旅をテーマとした執筆多数。ワイン学校「アカデミー・デュ・ヴァン」講師。日本最大級のスペインフェス「フィエスタ・デ・エスパーニャ」2020年実行委員長。

  • daiji iwase+W

「酷暑日」だとか(熱中症が)「極めて危険」と言ったワードが躍る中で書いています。連日のこの暑さ。前回のコラムではワインの適温について、「今の私の気分でいいんです」ということを書きましたが、さらにキリっと冷やしたものを……という感じです。今日あたりはグラスも冷蔵庫で冷やして、唇からヒヤッとしたい!ということで、前回も触れましたが、温度と同様、グラス選びも難しそうに見えて、実は気分で大丈夫、というお話を。

ちなみにワイングラスというとどういうものをパッと思い浮かべますか? いろいろありますよね。ファインダイニングでプレステージュクラスのワインとともに登場する、大ぶりのブルゴーニュ型やボルドー型から、カジュアルなダイニングバーで気軽に乾杯できるようなグラス、夜景に映えるフルートグラスに、ガシガシ使える100円ショップの小さ目のグラス。もしかしたら美術館やギャラリーで見たアートなグラスを思い浮かべる方もいるかもしれません。タンブラーだって立派にワイングラスの一つ。バルセロナのバルでは小さ目のタンブラーで飲んだなあ、なんて思い出もあるでしょうか。

そのワインそのものを知るならやはりそのワインに合った形状のグラスを選ぶべきではあります。リーデルをはじめさまざまなグラスメーカーが、品種にあわせて多彩な形状を用意しているのはそのため。ワインそのものが持つアロマ、味わい、余韻を正確に伝え、そのワインらしいキャラクターを存分に引き出す。それがグラスの重要な役割です。ブルゴーニュ型のグラスにはかの地のピノ・ノワールを味わうための英知があり、ボルドー型のグラスも同様に積み重ねた結実がある。入れ替えて味わった時の違和感は僕の中でかなり根強く残っています。

また、スーパーで買った800円ほどの赤ワインを上質なブルゴーニュグラスに入れて、逆にブルゴーニュの少しお高めのワインをいたずら心で100円ショップのグラスに入れて…。この経験もなかなかに印象深い。大は小をまったく兼ねず。この800円のワイン、実はわりと気に入ってデイリーワインとして重宝していたのですが、味わいはバラバラ、アルコール感がきつく出てきて、粗ばかりが見える。ちょっと飲めたものではない。逆にブルゴーニュのワインを100円グラスにいれると、個性は全く見えなくなるけれど、まあ、これが高額なワインと言われなければ「へえ、結構おいしいんじゃん」という程度。もちろんこれをブルゴーニュ用のグラスに移せば…「!!!」という驚きになるんですが。それにしてもあまたあるワインをしっかりグラスにあわせるのは正直、至難の業。家でそろえるなんてそもそも無理な話。

ワインの正確性とグラスの関係があるとすれば、もう一つ重要なのが、グラスがもたらす精神的な作用。たとえば繊細で芸術的な匠から生まれた薄はりなグラス。唇とグラスが触れる部分が薄ければ薄いほど、繊細なワイン、特にシャンパーニュのようなワインとは相性がいいのですが、大らかな果実味や強い泡を楽しみたいときは、繊細というよりも神経質というか、大らかさを消してしまう。グラスが薄ければエレガンスで繊細、緻密、優美さが際立ち、逆に言えば緊張感が高まります。強さ、大らかさとは相性が悪い。これは形状とワインのテクスチャー、物理的な関係でもあるのですが、同時に気持ちの問題でもあります。薄い、緊張感ということは、お疲れの一杯! みんなでワイワイという場面ととても相性が悪い。だって割れたら嫌ですよね。そして気分よく飲んでいながらも洗い物のことをふと思い出してしまったり。つまみも大らか、お酒も大らか、でもグラスはストイックでエレガンス…。合わないですよね。

薄はりグラスだとおおむねステム(脚の部分)も細くて高い。この脚の細さと高さも緊張感と比例します。今日は大切な人と上質なシャンパーニュをゆっくり、繊細な料理とともに。であれば、薄くてすっと細くて高いステムは本当によく似合います。着ているもの、ふるまいも自然と変わります。でもお子様もいる昼のテラス。心置きなくみんなで持ち寄った料理で過ごす時間を想像すると、危ない、と感じてなんだか落ち着かない。だいたいこういうグラスは高価ですからそれもバランスが悪い。

そう、温度と同様、グラスもそのワインを正確に知るならば正確なグラス選びが必要ですが自分の今の気持ちを大切にするという選び方なら、できるだけ楽しい選択にしたい。だから普段使いのワインには普段使いのグラス。少し格上げしたいときにはそれなりにおしゃれなグラス。食洗器でかたづけたいときには無理せず食洗器で洗えるグラス。そんな選び方だっていいんです。僕の場合、仕事柄多くのグラスを使っていますが、ふだんの晩ごはんや休日の午後、カジュアルなワインはタンブラーで楽しんでいます。無理はないし、グラスの相乗効果でどこまでも高まっていく…というようなワインでもないし。

消去法ということだけでなく、積極的に楽しんでも面白い。日本酒では、その地の伝統的なお酒をその地の焼き物を酒器にして楽しむ、なんていうペアリングもあります。石川のお酒と九谷焼、栃木のお酒に益子焼、佐賀のお酒なら有田、唐津、伊万里、岡山の酒米・雄町に合わせて備前焼、これが見事に合う。厚み、形状、やわらかさや凛とした雰囲気……不思議にあっていくんです。スペインでいえばバレンシア、セビージャ、マヨルカなど全国に焼き物があって、その地の名物料理をその皿に盛る楽しさ。

ワイングラスも「機能」だけではなく「気分」で。どうぞ、もっと気軽に、おうちワインをを楽しんでください。

岩瀬大二

岩瀬大二

酒旅ライター、ワインナビゲーター、MC。専門誌、WEBマガジンをはじめ酒と旅をテーマとした執筆多数。ワイン学校「アカデミー・デュ・ヴァン」講師。日本最大級のスペインフェス「フィエスタ・デ・エスパーニャ」2020年実行委員長。

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