服部公一「スペインあんな話こんな話」
スペインと日本のアニメ
Amets オーナーシェフ、2004年スペインに渡り、バスク・サンセバスティアンのイリサール料理学校を卒業後、地中海のメノルカ島でひと夏働き、マドリーで約2年間、その後カタルーニャ北部の村で約1年間、計5年半の様々な経験を経て2009年帰国。
翌2010年5月に地元浅草にAmetsオープン。店名のAmetsはバスク語で“夢”の意。
今や世界中で人気の日本のアニメ。
無論スペインも例外ではない。
僕自身は現在40代後半だが、スペイン修業時代の2000年代、自分より年上の年配世代によく好きだったと語られのは、なんとマジンガーz。
これには驚いた!
こんなに古い作品から日本のアニメはこちらに渡って来ていたのだ。
そしてスペイン人の幅広い世代が見ていて、自分の感覚ではスペインで最もポピュラーなのではと当時感じていたのはアルプスの少女ハイジ。
当時のスペインのカラオケ(あの頃のむこうのカラオケは日本のカラオケボックスというよりはカラオケパブのようなお店で大勢の前で歌うスタイルがほとんど)に皆んなて行くと必ずと言っていいほど、“口笛はなぜ〜♪”でお馴染みのあの主題歌をリクエストされた。ちなみに、歌詞がしっかりスペイン語版に置き換えられて全く違っていたので、僕はいつも強引に日本の歌詞で歌っていました。
2004年から2006年のバスク・サンゼバスティアン時代に流行っていたのはクレヨンしんちゃん。
こちらに来て1年目、イリサールの料理学校に入学して最初に研修に行かせてもらったレストランの料理長がクレヨンしんちゃんが大好きで、ボクはずっと“しんちゃん!”と呼ばれて可愛がってもらったのは今でも良い思い出です。
個人的にとても面白かったのは、それぞれのアニメがスペイン仕様で少しずつ原作と変えられている部分があったこと。
例えばキャプテン翼はなぜか”OLIVER y BENJI”というタイトルで、翼と若林のWキャストとなり、スペイン語の発音で、”オリベルとベンジ”。笑

そしてドラえもんのジャイアン!
きっとアニメを翻訳された方が、ジャイアンを1回英語のGIANTにして、その後スペイン語に訳したのか、スペイン語で“GIGANTE(ヒガンテ)”
1番最初にスペインのテレビでドラえもんを見ていて、のび太がジャイアンを“ヒガンテ〜!”と呼んだ時は思わず吹き出して笑ってしまいました。
最後に文化的・教育的なお話をひとつ、例えばドラえもんはバスクではETBというバスク語のローカルチャンネルで、ガリシアに旅行した時もガリシアの地方ローカル局で放送されていた。
これはどうやら、バスク語やカタルーニャ語だけでなく今だに各地方にそれぞれの独特な方言がしっかり残っているスペインで、子供達の世代が自分達のルーツとなる言語から関心が薄れたり、その言語そのものが忘れ去られてしまわないように、子供達の大好きなアニメを敢えてローカル局で方言で放送することで、地元を背負う未来の世代に自然に楽しみながらその土地の言語を学んでもらう為だそうで、とても賢い方法だと感心したことを今でも覚えています。
きっと日本の東北地方でも大切な津軽弁を次世代に繋いでいく為に、ローカル局でアンパンマンが津軽弁で放送される日がいずれくるのかも、いやもうすでに放送されているのかもしれない。
Amets オーナーシェフ、2004年スペインに渡り、バスク・サンセバスティアンのイリサール料理学校を卒業後、地中海のメノルカ島でひと夏働き、マドリーで約2年間、その後カタルーニャ北部の村で約1年間、計5年半の様々な経験を経て2009年帰国。
翌2010年5月に地元浅草にAmetsオープン。店名のAmetsはバスク語で“夢”の意。
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